脳梗塞リハビリシリーズ №13 「脳卒中を予防するためには」
目次
こんにちは。今回は「脳卒中の予防」について~脳卒中の疫学と一次予防~という観点から、ここ横浜あざみ野からご紹介していきます。
1. はじめに
脳卒中 予防
脳卒中(脳梗塞、脳出血、くも膜下出血)は発症後早期の的確な診断および治療が求められる神経救急疾患である。その発症は主要な死因として知られており、その対応は最優先課題の1つとして知られている。わが国では近年、その重要性が認知され、脳卒中の総患者数や死亡は減少傾向にある。しかし、現在も寝たきりの主要な原因疾患であることは変わらず、その医療費は増大傾向にある。
2. 脳卒中の疫学
脳卒中 予防
本邦では1960年ごろには死因の第1位であった。脳卒中はそのなかでも脳出血死亡率が非常に高かった。そのさなか、1961年に開始された疫学研究である久山町研究などにより脳卒中を含めた心血管系疾患の縦断的な観察成果が報告され、脳出血は塩分摂取過剰、喫煙、過剰飲酒による高血圧と、脂肪・タンパク質摂取量減少による血管脆弱性とが原因であることが判明した。その結果を受け、減塩や高タンパク食などの栄養改善に加え、降圧療法が行われることで脳出血の死亡率が顕著に低下し、それに伴い脳卒中全体としての死亡率も低下した。脳卒中の発症数は、久山町研究では1960~2000年代にかけ、脳卒中発症率が段階的に低下していることが報告されており、これは先述の生活習慣の是正や一次予防の啓発・広がりや治療の標準化が大きく影響していると思われる。現在では脳卒中死亡者数は年間11万人であり、がん、心疾患、肺炎について死亡原因の第4位(平成27年度厚生労働省)である。
脳卒中はその発症者の半分以上が死亡または介護が必要な状態に陥っており、脳卒中は寝たきりの主要な原因となっている。現在、認知症も介護を要する疾患として増加傾向であるが、要介護5となる原因疾患として脳卒中は30%(平成28年患者調査の概況 厚生労働省発表)を占め、第1位である。
「脳卒中レジストリを用いた我が国の脳卒中診療実態の把握(日本脳卒中データバンク)報告書(2018年)」を用いて疾患別に見てみると、それぞれの発症割合は脳梗塞が75.6%、脳出血は19.8%、くも膜下出血は4.6%であった。また病型別のリハビリ実施症例の割合は脳梗塞/TIAではPTは85.1%、OTは79.6%、STは61.7%、脳出血ではPTは84.4%、OTは78.6%、STは64.4%、くも膜下出血ではPTは74.0%、OTは64.1%、STは42.7%であった。
要介護度別にみた介護が必要になったおもな原因(上位3位)
要介護度 |
第1位 |
第2位 |
第3位 |
総数 |
認知症 18.0 |
脳卒中 16.6 |
高齢による衰弱 13.3 |
要支援者 |
関節疾患 17.2 |
高齢による衰弱16.2 |
骨折・転倒 15.2 |
要支援1 |
関節疾患20.0 |
高齢による衰弱18.4 |
脳卒中11.5 |
要支援2 |
骨折・転倒18.4 |
関節疾患14.7 |
脳卒中14.6 |
要介護者 |
認知症24.8 |
脳卒中18.4 |
高齢による衰弱12.1 |
要介護1 |
認知症24.8 |
高齢による衰弱13.6 |
高齢による衰弱11.9 |
要介護2 |
認知症22.8 |
脳卒中17.9 |
脳卒中13.3 |
要介護3 |
認知症30.3 |
脳卒中19.8 |
高齢による衰弱12.8 |
要介護4 |
認知症25.4 |
脳卒中23.1 |
骨折・転倒12.0 |
要介護5 |
認知症30.8 |
認知症20.4 |
骨折・転倒10.2 |
国民生活基礎調査(平成28年度)より引用
認知症とともに脳卒中は要介護度上位を占める
3. 脳卒中の一次予防
脳卒中の一次予防については、高血圧、糖尿病、脂質異常症などの動脈硬化リスクとなる疾患の治療と禁煙、禁酒などの生活習慣の是正が中心となる。
(1)高血圧
高血圧は脳卒中の最大の危険因子である。血圧値の上昇により脳卒中発症率は直線的に上昇することが知られている。14件の降圧薬の介入試験をメタアナリシスにより解析した成績によれば、3~5年間の5~6㎜Hgの拡張期血圧の下降により脳卒中の発症率は42%減少することが知られており、脳卒中治療ガイドライン2015によれば、降圧療法はグレードAに設定されている。
高血圧の治療法には生活習慣の是正と降圧薬による治療に分かれるが、特に生活習慣の中での適性体重の維持と運動について以下に述べる。肥満は高血圧の重要な発症要因であるので、肥満者はBMI(body mass index)で25㎏/㎡未満を目指して減量し、非肥満者はこのレベルを維持する。肥満は高血圧のみならず、のちに述べる糖・脂質代謝異常なども合併する。内臓脂肪が多い者ほど高血圧、脂質異常症、高血糖が多いという報告があるので、ウエスト周囲長(男性85㎝未満、女性90㎝未満)も考慮して減量を行うべきである。肥満解消による降圧効果は確立されており、最近のメタアナリシスでも約4㎏の減量で-4.5/-3.2㎜Hgの有意の降圧を得られた。運動については有酸素運動の降圧効果は確認されている。身体活動の増加は血圧低下のみならず、体重、体脂肪、ウエスト周囲長の減少、インスリン感受性や血清脂質の改善が指摘されている。さらに、身体活動の低下は心血管病のリスクを上昇させる。高血圧などの生活習慣病の予防や治療には速歩のような有酸素運動が優れている。運動は定期的に(できれば毎日30分以上)行うことが目標である。有酸素運動に加えて、レジスタンス運動やストレッチ運動を補助的に組み合わせると、前者は除脂肪体重の増加や骨粗鬆症・腰痛の防止、後者は関節の可動域や昨日の向上が期待でき、有用である。最近、レジスタンス運動に降圧効果があるというメタアナリシスが報告されている。「健康づくりのための運動指針2013」によると、身体活動を運動と生活活動に分け、生活活動に重点を置き身体活動度を増加させるという方針が示されており、患者教育においても日常生活の中で身体活動度を上げるべく指導するのがよい。
なお、運動療法の対象者は収縮期血圧179㎜Hg以下、拡張期血圧109㎜Hg以下で心血管病の高血圧患者である(これを超える場合は降圧後に運動療法を施行する)リスクの高い患者は事前にメディカルチェックを行い、必要に応じて運動の制限や禁止などの対策を講じる。
(2)糖尿病
糖尿病は脳梗塞の確率された危険因子である。最近のメタアナリシスでは、糖尿病は虚血性脳卒中の発症リスクを2.27倍高めるのみならず、出血性脳卒中のリスクも1.56倍高めることが示された。
2型糖尿病患者において心肺機能の低下は、心血管障害や死亡率に関連があると考えられている。運動療法が2型糖尿病患者の心肺機能に及ぼす影響についての研究のメタアナリシスでは、平均して最大酸素摂取量の50~75%の強度の運動を1回約50分間、週に3~4回、20週間行った場合、最大酸素摂取量は有意に増加したと報告されている。さらに2型糖尿病患者は、インスリン抵抗性や肥満、高血圧、脂質異常症を伴っている場合が多く、運動療法によってこれらの異常が指摘されるとともに血糖コントロールが改善する。またHbA1cと心肺機能の改善には、高い強度の運動が有効であった。
運動の強度は、運動中の酸素摂取量や心拍数ならびに自覚的運動強度(Borg指数)などで表される。個人の最大心拍数は段階的運動負荷試験で決定されるべきではあるが、糖尿病神経障害を伴う場合や高齢者では、自律神経障害を合併していることが多い。そのため、脈拍数を指標に運動強度を決定することは、不正確であったり危険を伴ったりする可能性もあるので、注意が必要である。
(3)脂質異常症
海外の研究では高コレステロール血症は脳梗塞の危険因子であることが報告されている。ほかにも低HDLコレステロール血症が脳卒中および脳梗塞の独立した危険因子であることが報告された。総コレステロール値と脳卒中の発症リスクは相関しており、総コレステロールが38.7mg/dl増えると、脳梗塞の発症が25%増加することが示された。
低HDLコレステロール血症は運動不足により発症するリスクが上昇する。有酸素運動を週に120分(または900kcal)以上行うことによって、HDLコレステロールの低下の要因になると言われている。BMIが25未満になるように体重をコントロールするとよいと考えられている。
(4)心房細動
心房細動は「高齢者の不整脈」と呼ばれており、高齢化が進んでいる本邦において今後心房細動の罹患者が急速に増加することが予想されている。ある報告によれば、2000年に慢性心房細動患者は日本に約72万人存在しており、2020年には100万人を超えると言われている。さらに心房細動には一時的にしか生じない発作性心房細動というタイプもあるので、それも含めると、より罹患者数が見込まれる。
心房細動により心腔内に血栓が形成され、それが全身に飛散し広範な梗塞を発症する。もっとも頻度が高い塞栓症が脳梗塞であり、内頚動脈や中大脳動脈といった中枢の血管を閉塞することが多く、重症になりやすい。現在はアルテプラーゼ静注療法や血栓回収療法などといったような脳梗塞の超急性期に施行することで予後の改善を見込める治療が出現しているが、それでも発症3ヶ月以内の死亡率が約10%と予後の悪い疾患である。また、約65%の患者で後遺症などにより、なんらかの介助が必要になる。
心房細動を発見した場合の脳梗塞を予防するための医学的対応しては、CHADS2スコアと呼ばれる心房細動による脳梗塞の発症リスクの評価の指標を用いてリスクを予測し、それが高ければ抗凝固薬を開始する。抗凝固薬は以前はワーファリン(ワルファリン)しかなかったが薬効が不安定であるために血液検査を頻回に行い用量の調整が必要であったが、現在、経口抗凝固薬[(Direct Oral Anticoagulants:DOAC)、プラザキサ(ダビガトラン)、イグザレルト(リバーロキサバン)、エリキュース(アピキサバン)、リクシアナ(エドキサバン)の4種類]]が発売され管理が容易になっている。
以上から心房細動は発見が困難であるが、脳梗塞を発症すると後遺症が重篤になるので心房細動をいかに早期に発見するかが重要である。心房細動は、脈拍をとったときに脈がでたらめに打っている場合は高率に心房細動である確率が高い。日々のリハビリテーションで心拍数などを把握する際に不整であることに気づくと、療法士サイドから心房細動を発見できることがあるので、注意するとよい。
また、心房細動の発生は運動習慣に大きな影響を与えている。報告によると運動習慣がない高齢者の心房細動発生率は、もっとも運動習慣がある例の倍以上になっている。また、BMIが大きいほど心房細動罹患率が高くなることも報告されており、リハビリテーションを通じて運動習慣をつけることで心房細動の発症率を下げることが示唆されている。
4. 一過性脳虚血発作
一過性脳虚血発作(Transient Ischemic Attack:TIA)とは、脳の一部の血流が一時的に途絶えることで脳神経症状が急性に出現するも、24時間以内に症状が完全に消失する発作である。TIAは症状が短時間で消失することから病院に受診せず放置されるケースが度々観察されるが、TIA発症後90日以内に脳卒中を発症する危険度は15~20%と報告されており、TIA発症平均1日後に治療を受けた場合、90日以内の重症の脳卒中の発症率が2.1%と報告されていることから、TIAを発症した場合は速やかに専門医の診察を受けることが重要である。TIAにより出現しうる神経症状は多彩であるが、おもなものとしては運動障害(片麻痺、上下肢いずれかの単麻痺)、構音障害、失語、感覚障害(半身のしびれ、感覚鈍麻)、同名半盲、一過性黒内障が挙げられる。TIA後の脳梗塞発症の危険度予測には様々なスコアが提唱されているが、もっとも一般的なのはABCD2スコアである。すなわち年齢、血圧、神経症状、糖尿病の有無、症状の持続時間でスコアリングを行い3点以上は入院して精査加療を施行するべきであると言われている。TIAに対する医学的対応は脳梗塞のそれと同様に行う。脳梗塞の発症予防のためにTIAの原因検索を各種超音波、心疾患の検索により行う。
5. 頸動脈動脈狭窄症
頸動脈狭窄症とは動脈硬化の進行により頸動脈の内腔が狭小化することを言う。頸動脈狭窄症は脳梗塞の発症の時に診断されることが多いが、健康診断や先述の高血圧や糖尿病患者、または心筋梗塞や下肢の閉塞動脈硬化症(Arteriosclerosis Obliterans:ASO)患者に対して動脈硬化のスクリーニングとしての検査を施行した際に偶発的に診断されることもある。特に比較的低侵襲で簡便に施行可能な頸動脈超音波検査が普及してから頸動脈狭窄症が診断されることが多くなった。また、頸動脈の聴診にて雑音を聴取できればそれも頸動脈狭窄症を疑うきっかけになりうる。
頸動脈狭窄症は脳梗塞のリスクとなりうるが病態が様々である。大きく2つに分かれる。1つは頸動脈狭窄症により形成される血栓が遠位に飛散することで末梢の動脈が塞栓されることにより脳梗塞を発症するもの(塞栓性機序)、もう1つは突然の脱水や貧血などにより、狭窄部位よりから狭窄部位より遠位の血流が低下することにより、灌流領域に血流不全を起こし脳梗塞を発症するもの(血流不全性機序)である。特に血流不全性機序については運動などにより神経症状が出現することがあるので注意が必要である。
無症候性の頸動脈狭窄症に対する治療については前述のような動脈硬化リスクの管理や抗血小板薬[バイアスピリン(アスピリン)、プラビックス(クロピドグレル)、プレタール(シロスタゾール)など]の内服が重要であるが、中等度~高度の頸動脈狭窄であれば頸動脈内膜剥離術(carotid endarterectomy:CEA)や頸動脈ステント留置術(carotid artery stenting:CAS)の適応となることがある。
6. 未破裂脳動脈瘤
未破裂脳動脈瘤とは、脳動脈の壁に瘤(こぶ)のように膨らんだ部分があり、見つかった時点で同部から出血(破裂)の徴候がない状態である。本邦においては健常成人に比較的高頻度(約3%)に認められる疾患で、加齢とともに発生頻度が増加することが報告されており、高齢者社会を迎えその発見率の上昇が予想される。脳動脈瘤はその壁が脆弱になっており、破裂した場合くも膜下出血を起こすため、脳卒中の一次予防にはこれに対する治療が重要である。くも膜下出血を発症した場合、死亡率が約10%~67%と報告されており、社会生活に復帰できるのが40%以下と診断技術や治療技術が発達しているにも関わらず予後が悪い疾患である。
未破裂脳動脈瘤の診断のゴールドスタンダードはカテーテルによる脳血管造影であるが、侵襲的であるのでスクリーニングとしてMRAを用いることが望ましい。ただし、MRAでは脳動脈瘤の部位やサイズによっては偽陰性(MRAで脳動脈瘤があるようにも見えるが実際に脳血管造影や肉眼的に脳動脈瘤がある)がみられるので注意が必要である。
未破裂脳動脈瘤はそのサイズや部位、形状により破裂率が変わる。有意な破裂のリスクは①7㎜以上のサイズ②blebの存在③前交通動脈、後交通動脈の動脈瘤、破裂の傾向を示すリスクとして①女性②高血圧が報告されている。未破裂脳動脈瘤はそのサイズや部位、形状により自然歴を推測し、年齢や健康状態などの患者の背景因子および施設や術者の治療成績を勘案して治療の適応を検討することが推奨される。脳動脈瘤の治療は大きく開頭クリッピング術とカテーテルでのコイル塞栓術の2つが挙げられる。
参考文献
脳卒中リハビリテーション05 2019.5.15第2巻第1号:p68,69,70,71,72,73,74,75
発行/株式会社geneISNN2433⁃9814