脳梗塞リハビリシリーズ №9 「手のリハビリ方法編・第七弾」
手のリハビリ方法編第七弾ということで、今回も第一弾~六弾に引き続き今回は作業を用いた上肢機能アプローチについて、本日もここ横浜あざみ野からご紹介していきます。
10. 課題指向型アプローチ

手のリハビリ方法の10番目は、作業を用いた上肢機能アプローチ、課題指向型アプローチをご紹介します。
【理論】手のリハビリ方法
「課題指向型アプローチ」という言葉が一般的に使用され始めたのは、1990年代と、約30年前にまで遡ることができる。当時、神経筋促通術がPavlovやSherringtonらの反射理論、あるいはJacksonらの階層理論を基盤にしていたのに対し、課題指向型アプローチはそれらに加えて、Bernsteinのシステム理論やGibsonらの生態学的理論を取り込み発展したアプローチといえる。脳血管障害を呈した対象者の運動障害に対する解釈としては、中枢神経における階層構造の破綻というよりも、身体内の一つないしそれ以上のシステムに障害が及んだ結果として生じるものと考えられる。つまり対象者の運動は、障害を呈したシステムの改善と残存するシステムを代償的に作用させた結果として生じるものであるといえる。
【課題指向型アプローチの要素】手のリハビリ方法
Timmermansは課題指向型アプローチに関するシステマティックレビューにおいて、それらを構成する15の因子について報告している。このなかでも特に、①目標のない単関節運動や単一面のみの運動は行わず、目標とする活動を必要とする実際的な運動と物品を使って行うことと、②対象者の価値や嗜好、持ちうる経験や知識、求めるニーズを尊重した実用的な目標を明確に設定することは、課題指向型アプローチの本質の一つだといえる。①は麻痺手の関節の制御を1自由度以上必要とするような運動課題が適応されるべきであり、課題指向型アプローチの中核となる考え方といわれている。②については、麻痺手の回復に最も寄与する因子として生活における麻痺手の使用が挙げられるとBakerらの研究で報告されており、目標設定が対象者の動機づけの促進や不安の減少、さらには行動変容に関わると考えることができる。すなわち、方法論として課題指向型アプローチの体をなしていたとしても、対象者の情動を惹起するための礎となる目標設定やその目標の実現可能性を感じさせる模擬課題がなければ、その効果は全く異なるものとなる。
課題指向型アプローチを構成する要素
1.functional movements |
目標のない単関節運動や単一面のみの運動課題は行わない |
2.clear functional goal |
日常生活や趣味などに関する明確な機能的目標のある課題を行う |
3.client-centered patient goal |
対象者の価値や嗜好、持ちうる経験や知識、求めるニーズを尊重する |
4.overload |
過負荷の原則 |
5.real-life object manipulation |
通常の日常生活で扱う物品の操作課題を行う(例:カトラリー,櫛など) |
6.context-specific environment |
特定の課題環境に等しい(または,模擬的に想定した)練習環境を整備する |
7.exercise progression |
課題は改善する対象者の能力に合わせて漸増する |
8.exercise variety |
課題は多様に提示する |
9.feedback |
適切なフィードバックを与える |
10.multiple movement planes |
複数の関節自由度を要する運動課題とする |
11.total skill practice |
対象者の運動パフォーマンスに対する特定の情報を与える |
12.patient-customized training load |
対象者個人の治療ターゲットに適した運動負荷の課題を提供する |
13.random practice |
課題はランダムに提示する |
14.distributed practice |
課題に費やす時間は分散して行う |
15.bimanual practice |
両手を用いる課題を取り入れる |
【課題指向型アプローチとCI療法】手のリハビリ方法
この点については、課題指向型アプローチの代表格でもあるConstraint-induced movement therapy(CI療法)の行動心理学的理論からも読み取ることができる。CI療法においては、冒頭に目標設定や治療方法の説明を行うことで、動機づけの向上が図られる。さらに、課題指向型アプローチにおいて、対象者の望む目標の一部を含む課題を設定し、難易度調整をしたうえで対象者が実施するなかで、この課題ができれば、目標として設定したあの課題もできそうだなといった自己の能力に対する確信(セルフエフィカシー)を惹起させ、動機づけをさらに向上させる。このように、対象者の意欲を増進させて目標の達成を目指す。これこそが課題指向型アプローチ、CI療法の本質である。
【CI療法における回復メカニズム】手のリハビリ方法
課題指向型アプローチのメカニズムの論文の先駆けといえば、Nudoらが1996年に報告した研究が有名である。彼らは人為的に、リスザルの手・手関節・前腕を支配する一次運動野の皮質に脳梗塞を起こし、上肢麻痺を生じさせた。そして、麻痺手で餌を食べさせる練習を行った。具体的には、大きさが異なる穴に餌を入れ、それを麻痺手で食べるというものである(麻痺を生じさせる前の段階の評価結果から、小さな穴から餌を取る設定のほうが高い難易度であることを確認していた)。結果、小さな穴から餌を食べる群(少し困難な課題を実施する群)のほうが、麻痺手に関わる領域の拡大を認めたと報告している。2000年代にはLiepertらが、非侵襲の大脳直接刺激である経頭蓋磁気刺激を用いた研究を実施し、CI療法の前後において、リスザルの実験と同様に、主要感覚運動野における麻痺手に関わる領域が有意に拡大したと報告した。さらに、2000年代前半までに研究が進められた一次運動野といった主に運動の出力に関わる領域だけでなく、行為の生成や運動学習に関わる領域への影響を調べるために、Kononenらは、CI療法の前後で、一次運動野以外に、両側の補足運動野、運動前野、小脳と損傷側の前頭葉、後方の帯状回の血流の増加を認めたと報告している。近年では、皮質脊髄路の興奮性を確認するために、運動誘発電位といった指標を用いてアプローチ前後の変化を迫った研究がある。周産期に脳梗塞を呈した10~30歳の生活期の対象者に対してCI療法を実施した結果、すべての事例において上肢機能の向上とともに、運動時の補足運動野と運動前野の血流増加、さらには運動誘発電位の振幅の増大が認められた。同様の結果は、急性期における成人へのCI療法前後でも認められ、一般的なリハビリテーションを提供した対照群に比べ、運動誘発電位の振幅の有意な増大を認めている。さらに、小児の脳性麻痺を対象にした研究では、皮質脊髄路の神経束を評価するdiffusion tensor tractgraphyを用いて、CI療法が上肢機能の改善に関連する皮質脊髄路の構造的な変化(関与する組織の増大)をもたらすと示唆されている。
【CI療法のコンセプトが脳の可塑性に与える可能性】手のリハビリ方法
CI療法実施の際のコンセプトの有無が脳の可塑性に与える可能性についても述べておきたい。CI療法は課題指向型アプローチの他に、「麻痺手に対する量的介入」「練習中に獲得した機能回復を実生活に羽反映するための行動学的戦戦略(Transfer package)といったコンセプトを有している。そのTransfer packageに関して、Gauthierらは、集中練習を同じように実施した2つの群(一方はTransfer packageを実施。もう一方は未実施)に対し、練習前後の麻痺手の上肢機能と生活における麻痺手の使用頻度を、皮質の体積を示すvoxel-based morphometryなどの手法を用いて検討した。結果、Transfer packageを実施した群は行わなかった群と比べ、補足運動野、前運動野、一次感覚野、海馬における灰白質の体積の増大が認められたと報告している。
【課題指向型アプローチのエビデンス】手のリハビリ方法
急性期・回復期のエビデンス
まず、急性期・回復期におけるCI療法のエビデンスは、筋力と痙縮に関する回復には寄与する可能性があるが、手指の巧緻性およびADLについては、研究によって傾向が異なり、一定の効果を示していない。逆に、運動機能に関しては、一般的なリハビリテーションに比べて、有意な改善を認めないとされている。この点については、DromerickらのVECTORSという研究が大きな影響を与えている。VECTORSでは、発症後2週間以内の初発の脳卒中患者を対象にランダム化比較試験を行っている。高負荷のCI療法群(1日3時間の介入と起床時間の90%は非麻痺手を拘束)と低負荷のCI療法群(1日2時間の介入と6時間の麻痺手の拘束)、従来の作業療法のみを実施した群の3群に分け、介入前後と90日後の結果を比較した。結果は、高負荷のCI療法群は、低負荷のCI療法群および従来の作業療法群に比べ、介入から90日後の麻痺手の機能予後が悪かったと報告している。さらに、論文内の考察にて、過度の練習によって細胞熱が上がり、ペナンプラが損傷した可能性に触れている。
ただし、別の見解も認められる。Liuらは、急性期、回復期のCI療法の効果を検証するために、16件の前向きランダム化比較試験を対象に、システマティックレビューおよびメタアナリシスを実施した。その結果、16件の前向きランダム化比較試験において、他のアプローチよりも有意に脳卒中後の上肢麻痺が改善することが報告された。さらに、彼らの研究では、ARATとFMAにおいて、高負荷のCI療法よりも、低負荷のCI療法のほうが、脳卒中後の機能障害がより改善する可能性を示した。急性期におけるCI療法をはじめとした課題指向型アプローチの効果については様々な結果が報告されており、一定の見解が得られていない。したがって、各々の情報を多角的に吟味し、CI療法の導入など、その取り扱いには慎重になる必要がある。回復期におけるCI療法の効果を検討した研究としてThe Extremity Constraint-inducedTherapy Evaluation(EXCITE)が有名でる。EXCITEでは、脳卒中発症後3~9ヶ月の初発の脳卒中患者を対象にランダム化比較試験を実施した。脳卒中後上肢麻痺を呈した患者を、1日6時間のCI療法を受ける群と、同時間の通常のケアを受ける群とにランダムに割り付け、それぞれの効果を比較した。結果、CI療法実施群は通常のケアを実施した群に比べ、介入前後、および、1年後および2年後までの経過において、WMFTとMALが有意な改善を認めたと報告している。さらにEXCITEではサブ解析として、脳卒中発症から3~9ヶ月後にCI療法を実施した群と、発症から15~21ヶ月にCI療法を実施した群との間で、それぞれの効果を比較検討している。その結果、両群間の麻痺手の運動機能の改善に有意な差は認められなかったと報告された。つまり、回復期以降であればどの時期にCI療法を実施しても、その効果に大きな差は認められないことが示唆された。
回復期以降のエビデンス
回復期以降のCI療法のエビデンスについては、運動機能、ADL、筋力の3点において、従来のリハビリテーションに比べて良好な結果をもたらすと示されており、非常に高いエビデンスを有している。Van der Leeらは、生活期において初発の脳卒中患者を対象にランダム化比較試験を行った。CI療法を実施した群、およびボバースコンセプトを基盤とした両手動作練習を実施した群に比べARATとMALの結果が有意に向上したと報告した。
参考文献
作業で紡ぐ上肢機能アプローチ:p24,25,26,27,28,29 医学書院